夜を徹して人生を語り合う教師と高校生,
一つの課題に時間のたつのを忘れて取り組む中学生グループと教師,
汗まみれになって遊びに興じる小学生と若い教師,
そんな姿が日本列島から消えてしまった。

学校現場と行政の世界を歩んできた角田氏は,
過去に置き去りにされようとする教育の原点を常に問いながら生きてきた。
それは氏が子供時代に味わった屈辱や,
その後出会った人々との交流と無関係ではなかった・・・。


 
<月刊誌MOKU2000年5月号特集「義を貫くもの」より>

角 田 明 経歴

▽1944年10月20日  熊本県八代市に生まれる

▽1963年4月       熊本県立八代高校から神奈川大学貿易学科に入学。
                卒業後同大学外国語学部にて聴講し英語科教員免許を取得する。

◇1968年4月〜1971年3月(3年)
                私立・明徳学園相洋高等学校・教諭(神奈川県小田原市)

◇1971年4月〜1977年3月(6年)
                神奈川県藤沢市立藤ケ岡中学校・教諭 

1977年4月〜1988年3月(11年)
                神奈川県茅ケ崎市立松林中学校・教諭

1988年4月〜1990年3月(2年)
                神奈川県茅ヶ崎市教育委員会 学校教育課・指導主事

1990年4月〜1991年3月(1年)
                神奈川県茅ヶ崎市教育委員会 教育研究所・指導主事

1991年4月〜1992年3月(1年)
                神奈川県茅ヶ崎市教育委員会 教育研究所・所長

1992年4月〜1993年3月(1年)
                神奈川県茅ケ崎市立浜須賀中学校・教頭

1993年4月〜1996年3月(3年)
                神奈川県茅ヶ崎市教育委員会 指導課・課長

1996年4月〜1998年(2年)
                神奈川県茅ケ崎市立浜須賀小学校・校長
                ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』を主宰開設し、第1回セミナーを開催する

1998年4月〜2001年3月(3年)
                神奈川県茅ヶ崎市教育委員会 教育指導課・指導担当参事

2001年4月〜
                神奈川県茅ケ崎市立緑が浜小学校・校長
                茅ケ崎市内第18番目に新設開校した小学校に初代校長として着任。
         
 2004年3月 
 退職 

2004年4月  ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』会長として講演活動展開中。

2007年3月現在,「教育実践響の会」会長・日本公文教育研究会子育て支援センター顧問

角田 明(つのだあきら)

 profile プロフィール】

1944年熊本県八代市生まれ。1968年から神奈川県内の高校、中学校の英語教員として勤務。1988年より神奈川県茅ヶ崎市で指導主事、教育研究所長、中学校教頭、指導課長、小学校校長、指導担当参事を務める。1996年8月ちがさき教育実践ゼミナール『響の会』(現・教育実践『響の会』))を開設し、教員の自主研修会として活動を主宰。 2001年に新設開校の茅ヶ崎市立緑が浜小学校・初代校長に着任。保護者や地域住民と一体と なった教育を目指し、「学校グランドデザイン」を地域に発信。また、保護者を対象とした月例校長塾「眞心舘」の連続開催等実践。2004年3月退職後は「教育実践・響の会」会長として全国で講演活動中。『響の会』は茅ヶ崎市浜松市広島市東京都立川市に開設。2006年9月日本公文教育研究会子育て支援センター顧問としても全国各地に出講する。著書に 『あせらない あわてない あきらめない』(教育出版)、『人は人によりて人になる』(MOKU出版)、『小学校英語活動教本JUNIOR COLUMBUS』(光村図書出版)がある。その他月刊誌等の執筆原稿はホームページに全てを掲載している。月刊誌「悠+(はるかプラス)」(ぎょうせい)に2007年4月号より連載記事を執筆中。               【2008年7月1日】